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2007年9月

2007年9月28日 (金)

世界レスリングの誤審

世界柔道に続き、またもや日本に対して誤審がありました。今回は浜口選手に対して誤審があり、それにより負けました。

この問題に対しては日本側から審判団に注意を行っていますし、審判団も誤審だとしていますが、問題はそういうことではないでしょう。

世界柔道の誤審の話でもしたように、誤審はあるものだと、日本には不利な採点をされるものだと決めつけて練習しなければならない。実際にそういうスポーツ界の状態なのだから。それに対して日本が反発する力を持っていないのだから。

選手は誤審のしようがないほどに、圧倒的に勝利することが必要である。審判の言い訳が一切通らないような、そんな勝ち方のみが求められる。選手にとっては「そんな不条理な」という話ではあるが、そういう現状なのだからそうするしかない。日本スポーツ界が今の現状に対して、ほとんど何の対策も講じられていないのだから仕方がない。結局のところは、組織のえらいさん方は政治家と同じである。政治家が国民のためを考えなのと同じで、選手のことを考えられないのだ。自分が失脚することがただただ怖い。そういう人種が上に固まっているから、どんどん各スポーツが悪くなるのだ。

馬鹿の条件に、物事を自分のこととして考えられないというものがある。(持論)自分だったらどう思うのか。それが考えられない。だから結論はいつも無意味なものである。誤審の問題は長引くであろう・・・。

ミャンマーのデモ

ミャンマーのデモが連日報道されていますね。そして日本人の死亡者も出てしまいました。日本政府はこのデモをどう考えているのでしょう?

日本では60年代の学生運動以降は、大規模なデモは起きていないですが、今の日本の現状を考えると近い将来日本でもミャンマーと同じようなデモが起こるのではないでしょうか?

日本は政治家の金の問題など、平和的な問題が大半です。給油問題にしてもそうですね。日本はいつも金や物資を提供するだけです。国民には提供しませんけどね。海外へ良い顔をすることが外交だと思っている。金で全てかたをつけるやり方です。国民は一切納得していませんけどね。

年金の受給が60歳から65歳になる時にも、日本では国民の反発が激化しませんでした。タバコ税がたびたび上がっても反発しません。インタビューされれば「嫌ですねぇ。どこまで上がるんですかねぇ」と吞気に言うだけだ。国民が反発しないことをいいことに、政府はどんどん国民から搾取する。このままいけば、国民の反発運動が起きるはずである。国民に反発する人間としての心が残っていればの話ではあるが・・・・・・。

2007年9月24日 (月)

気づけなければ変わらない

何事においてもそうなのだが、まず気付かなければ変われない。変わりたいと思うということは何かに気づいたということだ。気づくということが第一だ。

健康においても、自分の身体の状態に気づいて初めてケアできる。よくいるのだが、自覚している症状と違うところが一番の原因の時がある。「腰が痛くて痛くて」と来た人が、実は首が原因だという場合もある。自覚とは恐ろしいものである。気づかないところで、どんどん健康被害が出ているのだ。

現代人は自分の身体の状態を把握できない。自分の身体なのに、全然分からない。鈍感になっているのだ。だから身体がズレていても平気である。人から指摘されて初めて「歪んでるのかなぁ?」と思う程度だ。そんな時はもう、おもいっきりズレている。身体の使い方がおもいっきり間違っている。末期に近いものだ。

環境問題でもそうだ。気づかなければ始めない。メディアで言われる前から当然環境被害はあるのに、メディアで取り上げられて初めて環境問題を知る。というか意識する。遅いのだ。まぁ、環境問題についてはそれ以上の問題があるので別の機会で書こう。

とにかく、何事にも気づくということが大事である。学校での問題にしろ、仕事での問題にしろ、家庭の問題にしろ、地球規模の問題にしろ。気づけない者はずっとそのままだ。また、気づいた気になる者はもっと悪い。どんどん悪くなる。気づけたのか、気づいた気になっただけなのか・・・注意が必要である。

赤ちゃんの隣で煙草吸うアホ!

赤ちゃんの隣でさえ平気で煙草を吸うアホが大勢いる。中には注意されて切れる馬鹿がいる。その赤ちゃんの顔を殴ってく奴もいるらしい・・・。

こんな世の中でどうやって子育てしていくのか・・・。児童手当を増やしたり、義務教育をタダにするだけでは当然意味がない。少子化の根源が分かっていないのだ。やはり政治家はアホばかりだ。

赤ちゃんの隣で喫煙する奴は脳が死んでいるのだろう。注意されて切れる奴は世の中嘗めきっている。恐らく父親が一緒なら切れないのだろう。恥ずかしい奴らである・・・。

ベビーカー引きずる電車・・・

先日、電車が赤ちゃんを乗せたままのベビーカーを引きずって走った事件があった。ありえない話である。車掌は全ての扉をチェックしたが気付かなかったと話している。ありえない。

電車にベビーカーが引っ掛かっていて気付かないなんてことはありえない。ただ車掌が仕事をさぼったという話だ。赤ちゃんにもしものことがあったらどうするのだ?責任なんてとりようもないだろう。危機感がなさすぎる。そんな奴ばっかやけどな・・・。

電車が危険やと分からないのである。だから仕事をさぼる。つまり自分のしている仕事に意味がないと思っている。そんな仕事を何でしとるんや?迷惑やから辞めてしまえ。

電車の中で馬鹿でかい声でしゃべるアホ。注意?すると飛んでくる駅員とか警察。どっちが悪いのや?どっちが迷惑なんや?分かるやろ。なんのための警察なんか・・・。まぁ警察も嫌いなんやけど・・・。

喫煙コーナー以外で煙草吸うアホ。何のために分煙しとるか分からんのやろ。理解する気もないし、理解できる脳を持っていない。

せめて赤ちゃんや子供の安全だけは確かめてほしい。仕事ができない馬鹿でも、最低でもこれだけは気をつけてほしい。無駄な殺しだけは止めてくれ!

ほたるの墓

また今年もほたるの墓がやっていた。いい映画やと思う。ちょっと感動する。そして怖くなる。

この映画がいいと思って毎年放送しているんなら、何でもっと学校などでこれをとりあげない?教科書にのしたらいいんちゃう?本当はそんなに大事やと思ってない違うか?

戦争はもう起こらないと勝手に思ってる馬鹿しか教師になってないからか?闘争が起きないと勝手に思ってるからか?こんだけ政府への不満が溜まってきてるんやから、そんなに平和は続かんやろ。いくら日本国民でも爆発するやろ。そぉでなかったら日本国民は生きる心を失ってる。

ほたるの墓は「必死に生きる」姿を映している。だからいいと思う。

都合の良い政府

当然ながら政府は身勝手だ。消費税やタバコ税など、搾取できると思えば急いで施行する。できるだけ多くとろうとする。しかし、自分に都合の悪いことはできるだけ遅らせる。もしくは施行しない。

ゆとり教育はダメでした。教育再生会議を開きましょう。やっぱり今のままでは駄目ですよ、こうしましょう、それで決まったことを始めるのが早くて4年後・・・なんでや??すぐしろよ。アカンて分かってる教育を受け続ける子供たちをなんやと思ってるんや?いっぺん死んでこい!

その4年間に卒業してまう奴はどうするんや?生まれてからずっとゆとり教育しか受けられなかった奴はどうするんや?前にも書いたやろけど、本当に腹が立つ。子供たちを見るたびに、国に腹が立つ。ニートとかネットカフェ難民とか聞くたびに腹が立つ。しょうもない大人を見るたびに腹が立つ。そんで怒ると警察が飛んでくる。腹立つやろ!どっちが悪いねん。仕事してへんどころか悪くしてる政治家が何で高い金貰えるんや?おかしいやろ。誰が認めとるんや?誰も国民は認めとらんやろ。どこが民主主義やねん。

年金問題もそうだ。1年でなんとかします!と言うだけで、手もつけない。無茶苦茶や。一応まだ国を信じとる人間はいっぱいおるんやから何とかせいよ。過激派もおとなしいし。何にも仕掛けてこやんから大丈夫とか思われてるん違う?内ゲバとかしとる場合違うで。国会議事堂爆破とか、そんなに夢に出てきてまったやん。

天皇の権限をもう少しつけるとか、そんな対策もいいん違う?政治家はアホばっかで品もないし。政治家ってそもそもいらんのと違う?あんなに人数おることもおかしいやろ?税金を無駄遣いしてるだけ。あの10分の1でいいん違うの?そういう政策立てろさ。根本から見直せよ。

平和な日本なんて今だけやで。こんな政府に不満持つ人間は倍増してくで。そろそろみんな催眠から解けてくるで。それとも解いてったろかい!ってそれは私の仕事ではないだろうが。

民主主義やと言いたいなら、国民の声を聞け。世論調査とか一部だけに聞くなよ。最初から右翼や左翼に聞く気もないやろ。それ以外でも大勢国に不満持ってる人間はおるよ。そういう奴の意見も含めて調査しろよ。自分の都合のいい結果ばっか発表するなよ。マスコミも甘いで。芸能人にしとるくらい徹底的に調査せぇよ。遠慮したらアカンで。国相手やったら何を暴いても地獄行かんですむって。そんで全チャンネルで一気に放送したったらいいんちゃう?そんで国民の催眠も一気に解けるで。まぁそれが新しい催眠状態なんかもしれんけどな・・・。

時間の無駄遣いが大好きな奴ら

これもゆとり教育の影響なのか・・・中年や年配の人らでもそうだから違うのか・・・。時間を無駄に使うことが大好きな人たちが大勢いることに驚いている。

学校へ行くことも無駄遣いだと思っている人間だからそう思うのかも知れないが、なんでそんなに無駄に使うのだろうと思う。人生が80年もあると思っているからか?

今の子供たちが人生80年もあるとは思えない。80まで生きるかもしれないが、医学の発達で介護されながらなんとか生きる程度だろう。健康に生きられる時間が一体あとどれほどだと思っているのか?甘すぎる考えだ。

学校へ行くなら行くで、真剣に行かなければ駄目だ。なんとなく行っている馬鹿だらけだ。なんとなく入学して、なんとなく通って、なんとなく卒業して、なんとなくニート。大学まで行ったとしたら、6+3+3+4=16年間も無駄に使うことになる。たとえ80まで生きたとしても80-16=64である。なんと無駄に使っているのか・・・。しかも人生で最も楽しい時期をだ。残りの人生などその16年間で培った財産で生きるようなものだ。こういう奴らは人生のど素人だと言える。生き方を知らない。無駄だらけだ。

仕事にしてもなんとなくでは、これと同じだ。無駄遣いである。老後にしても同じだと思う。せっかくの人生を有効に使いましょうよ。友達と遊ぶ時でも、その友達と遊べるのはあと少しかもしれないのですよ。家族との時間もあと少しなのかもしれないのですよ。長い人生かもしれないけれど、その瞬間は2度ときません。そう分かっていながら真剣になれないという人は、何に対しても真剣になれない人かもしれないですね。無駄に生きている人は、生きていると呼ぶのかな・・・???

2007年9月23日 (日)

国が一切関与しない区域がほしい・・・

昔から思っているのですが、国が一切何も関与してこない場所がほしいですね。年金とか医療保険とかもなく、一切の保障もない代わりに税金も搾取されない。それを望む人間だけの場所。理想は超少人数で。ちょうど小さな島くらいの人数が人間が共同生活するのには適しているのだと思います。

そもそも法律がなくてはならない時点でおかしいのです。弁護士なんていう職業が成り立つこと自体が社会の失敗です。政治家はあんなにいりません。税金もあんなにいりません。どういう計算をしたらあんなに税金が必要なのか・・・。詳細をはっきり国民に提示できないところがやらしい。

本当は貨幣もおかしいと思う。貨幣があるから必要以上にほしがる。貯めておこうとする。その日暮らししかできないような状態であれば、格差社会なんて生まれない。

国家からの独立。これが理想ですねぇ。そんな人、実は結構いるでしょう・・・。本当に口にする人は少ないかもしれないけれど。

世界レスリング

吉田選手はやっぱり強いですね。途中珍しく危なかったですが、それを試合中に立て直すところが並じゃないですね。115連勝おめでとうございます。そして金メダルおめでとうございます。

金メダルを取るのが当たり前と思われ、誰も負けることが想像できない。そんな中で金メダルを取るということは偉業と呼べるでしょう。北京も金を取ってほしいですね。

今のところ女子レスリングが非常に好調ですね。柔道は惨敗でしたが・・・。これからも日本のスポーツ界が盛り上がることを期待しています。格闘技界も日本人選手の活躍が見られるといいですね。

ところで、吉田選手を見ていて、競技に順応するばかりに身体が壊れている気がします。競技人生を終えた後が大変そうです・・・。他の選手もそうですが・・・。

現代人は酸欠状態

人間にとって一番必要な栄養素はなんでしょう?それは酸素です。これが現代人にはおもいっきり不足しています。

固体より液体、液体より気体・・・これが必要な順序です。これは前にも書いたことですが、本当に気体をないがしろにしすぎです。見えないせいか、全然気にされていないのです。

例えば酸素水とか売られていますが、これが本当に酸素を取り入れられるなら本当に有効です。酸素カプセルが近くにあるなら利用することをお勧めします。細胞にエネルギーが行き渡るので、何にでも効果があります。美容面ではシミやシワが薄くなったり消えたり、ダイエットにもいいですね。新陳代謝が非常に高まるので、怪我の回復にもいいですし。下手なサプリメントをいっぱい試すよりも、非常に有効ですよ。

呼吸の仕方が下手な人が多いです。ヨガも効果的です。とにかく酸素を取り入れる意識をしましょう。

子供が考えるいじめ問題・・・

昨日子供たちに、いじめについてどう思うのかを聞いてみた。真っ先に答えたのは、私立中学受験をする社長の息子くんだ。「いじめはいけないこと!いじめる人が悪い」思いっきり大きな声で、堂々と寝ころびながら言った。他の生徒は座って真面目な顔で聞いている。「なぜいじめる人が悪いんだ?」と聞くと「えっ!?」と困っていた。

結局学校では「いじめる人が悪い」という答えが出た時点で満足なのだ。それで正解で終わりだ。なぜ?というところを考えさせない。さすが学校である。恐ろしいところだ。

「何にもしてないのに、いじめるのはおかしいやん」だそうだ。なので、「いじめられる人には必ず理由がある。いじめる方にはいじめた理由が絶対にある。理由のないいじめなど存在しない。いじめがあるということは、いじめられる側が何かいじめられる原因を持っているということだ」そう言ってあげた。これは本当だ。

いじめとは、結局腹立つ奴がみなで被った状態だ。もしくはそこをし切っている奴が気に食わない奴をいじめる。何か必ず原因がある。それを「何もしていない!」と言い張ったところで、それ自体が気に食わないことだ。それが分からない人間は、いじめから脱出できない。そう何度も言ってきたが・・・。

もう今の子供たちがこういうことに気づくのは無理なのか?そう思ってしまう。先生が教えることを正しいと信じ込んでいる。また、親もそう教える。日本の終わりが近い。

なぜ戦争が起こらないと思ってるんだ?

日本人は戦争に対する危機感が全くない。間違いなくだ。ファッションに気をつかったり、金を貯めることに精一杯だ。

日本が戦争を止めてから一体どれくらいしか経っていないと思うのだ?なぜこのくらいの時間しか経っていないのに、日本が戦争をしないと思い込めるのだ?不思議すぎる。

私はいつ戦争になってもおかしくないと思っている。そして1日もかからずに負けることは明白である。どこと戦争になってもおかしくない。アメリカ帝国主義の手下として動いているのだから。

アメリカの思想は危険すぎる。これは日本にとって危険というよりも人類にとって危険だと思う。なんせわがままだ。自分のとこはイギリスから独立しておいて、他の国の思想は一切許さない。自分の考えだけが唯一正しいと思い込んでいる。そしてそれを強制する。抵抗する者は殺す。暴力での解決をすすんで行う。ジャイアンの善の心をなくした様な存在だ。

平和ボケした日本国民のこの先はないだろう。どこかで気づかない限り。なんせ自分が国に支配されていることに全く気付かない。個性を出していると思い込んでいる。催眠状態だと知らない。国は国民がこういう事実に気づかないように義務教育を課している。国家の陰謀だ。真面目にお受験してきたような人は気付かないだろう。わざわざ陰謀に乗っかる人々。何が面白いのか?偏差値の高い学校など、行こうと思えばいつでも行けるだろう。行く意味もないが。人より余分に勉強すればいいだけだ。何も面白くない。

人類が不幸になった理由は、余分に欲しがったせいだと思うのだ。十分にある上に、さらに欲しがるから戦争が起きる。共食いみたいなものだ。高等生物は仲間同士の争いを避けるらしい。だとすると人間は進んで争いをする下等生物だということになる。生物のあり方としてどちらが正しいかは・・・明白である。

3大義務なんていらん!

教育・勤労・納税という3大義務がある。学校で当たり前のこととして教えられている。これについて妻と討論した。

私は教育というものは当然必要だし、働くということも必要であると考えている。納税が・・・これがおかしい。まっとうに税金が使われるのであれば必要だと思うのだが、未だかつてまっとうな使われ方をしていない。

大体日本という土地に生まれたら、生まれた時点で3つも義務がつくというのがおかしい。日本という土地に生まれたからといって、なぜ9年間も義務教育を受ける必要があるのか?その9年間で学ぶ内容もどうでもいいことばかり。それをみな大人になってはっきりと自覚する。勤労にしてもそうである。自給自足の生活が理想の人の場合、お金を貰っているわけではない。この場合は納税などできるはずがない。しかし、今の日本ではこの自給自足生活が許されない。個人の自由なんて全くないのだ。

問題は、学校へ行くと3大義務が当たり前と教え込まれることだ。子供たちはこれに何の疑問も抱かない。テストに出そうだから3大義務は覚えておこう・・・となるのだ。歴史についても日本側からの考えしか話されていないことに疑問を持たない。考えられない人間ばかりになっていく・・・。平和ボケもいいかげんにしてほしい。

2007年9月22日 (土)

ストレス社会?そんなん嘘や!

現代はストレス社会だと言われます。誰だそんなん言い出したアホは?そんな訳あるかよ。こんなに平和ボケしてしまうような日本が、ストレス社会な訳ないやろが。

ストレス社会ではなく、「ストレスに弱い人間ばかりの社会」が正しいだろう。そう、平和ボケしすぎてみながストレスに慣れていないだけである。今の教育はストレスに勝てない弱い人間を大量生産している。社会のストレスが強くなったのではなく、ストレスに弱い人間が多くなっただけ。

私は子供たちにプレッシャーに勝つ練習をさせている。かなり好評である。本人たちからも保護者からも好評だ。かなり無茶苦茶なことを言っているように見える私だが、昔から結構支持してくれる方が多い。今の社会を生きていこうと思えば、こうした練習が必要だ。本人たちもそう感じるらしい。こういうことこそ学校でするべきことだ。

のちのち潰れたくなければ、今プレッシャーに負けないように訓練しよう。絶対に役に立つ。学校での訳の分からない、役に立つわけがない勉強を熱心にしておらずに、こういうことを一生懸命しよう。楽しいよ。

学校の先生なんて先生じゃない!

学校の教師を先生と呼ぶが、あんなものは先生ではない。先生とは尊敬の念を込めて使う言葉だと思う。どう考えてもアホな人間を先生と呼べない。もし娘が学校へ行った場合の担任たちは覚悟が必要である。家庭訪問や授業参観は要注意である。私は娘にいらんことを教えるつもりはないが、娘の成長を見ることは大切だと思っている。だから授業参観へは行くぞ。くだらんことを教えたら問いただすぞ。校長も勉強しておけよ。しょうもないことしたら許さんぞ。

仮にも義務としている以上は、教師にもそれ相応の実力が要求される。国家資格である以上は無能力教師なんてものが存在すること自体がおかしい。能力のないものになんで資格が出るの?義務をかせといて、行ったら教師が無能力で時間の無駄でしたって・・・そりゃアカンやろ?子供の大事な時期をなんやと思ってんの?

私は子供たちに学校へ行く以上に大切なことを教えることができると思っている。聞きにくりゃ教えてやる。学校の先生なんてアホや。本当に必要なことなんて何にも知らん。それでも先生と呼ばれる存在。くだらんすぎる。それを義務で9年間も・・・。わざわざ塾まで行かして高い金払って私立行かせて・・・。そんで最後はニート・・・悲しすぎるやろぉ。

毎年家庭訪問で教師に聞きたいことがある。子供が学校でどう過ごしているなんてことはどうでもいい。その教師の実力を測れば分かることだ。「あなたにとって教育とは何ですか?」これだけはどうしても聞く。なんと答えるかで、即答できるかで実力が分かる。これで十分だ。返答次第ではその教師の教師生命は途絶えるだろう。中途半端な気持ちで教師になるなよ。私のような人間はきっと他にもいっぱいいるぞ。私のように、国を学校を教師を心底憎んでいるような人間は山ほどいるぞ。

NHKの受信料もアホらしい

NHKの受信料を払わない人が多いらしい。というかアレは何で受信料を払わなアカンのや?勝手に垂れ流しておいて、金払えって・・・押し売りやから。強制的に受信させとるんやから金とるのはおかしいやろ。それを値上げするって頭おかしいんちゃうか?

国は押し売りを扇動している。こんなおかしな話があるのか?受信料を払わないところには流さんかったらええやん!払わんところがあるから受信料自体を値上げするって・・・搾取やろ!払わんところに払えとよう言わんから、言ったら払うところから巻き上げる。そんなことが許されるっておかしいやろ。それを推進する国は頭いかれとるで。

給食費もそうなる。払わんやつがおったら払うやつからとったれ!とどうせなる。給食費の値上げ問題も出る。義務教育やから払わんという理屈らしいが、屁理屈である。中途半端なやつである。NHKの問題と混同している。全く別個の問題であることに気付かない。給食費払うのが嫌なんやったらガキを学校へ行かせるな!行かせておいて給食費は払わん!てそんなアホなことをぬかすな。そんで他のやつの給食の質が落ちるってどういうことや!そんならお前が給食作らんかい!!いっぺん死んでこい!

私は娘に学校へ行けと言わない。私が嫌いだったから。学校へ行けと言うのは恐らく娘がいじめられた時だろう。普段はいかんでいいが、負けることは許されない。そういう家庭である。いじめられたらとことんいじめぬく。それが学校側やったら学校を潰しにかかる。教師やったら辞職させる。泣き寝入りは許されない。ただ、普段は学校なんて無駄なところやから自分の意思で決めたらいいと思う。1日おきや一週間おきでもいいと思う。義務教育なんていうもの自体間違っている。義務教育期間は教育費無料という民主党の案には賛成だ。それなら学校というものの存在を多めに見れる。ただ、現在の状況で給食費を払わない親は自分の子のことすら考えられないアホである。学校行かせておいて給食費は払わん。中途半端な抵抗をするなよ。格好悪いわ。やるんやったらとことんやってよ。ただ、給食なくなったらあんたらちゃんと毎日弁当作る気あるん?ないんやったらあんたら本当にアホやぞ・・・。

年金問題ってアホらしいわ!

モニターにアンケートをとると、年金問題の解決が最優先らしい。ちょっとアホすぎるやろ!一番大事なことが年金なんかい!次に政治家が金にキレイか汚いからしい。・・・根本的に間違っている。

そもそも何で年金なんて信じられるんだ?年金の説明見たらおかしいことに気付くだろ?それを無駄に信じてかけ続けるから困るんだよ。国を信じたらアカンって。信じた人も悪い。国の補償なんて保障じゃないんだから。そんなものを一番の問題だ!とされても・・・。

政治家が裏金を作ろうが、テレビ出演でギャラを貰おうが、そんなことはどうでもいい。ちゃんと自分の仕事さえしてくれていればいい。東国原知事は知名度だけではない。しっかり仕事をこなしている。あれだけ上手く知事という仕事をこなした人物はいない。だから東がテレビへ頻繁に出ようがギャラを貰おうが文句がない。しかし、他の政治家は何もしていない。というかしていることがマイナスである。国をダメにする一方だ。そんな奴に裏金をつくる権利はない。まず自分の仕事をしろよ!与えられた仕事をまずこなすことが仕事だろう。民間企業へ社会体験にいっている奴もいるらしいが、何を学んでいるんや?無駄やろう。自由民主党って・・・全然民主的じゃないし・・・。自由ってあんたら不自由やから。

これから先、年金なんて破綻するだろう。それは目に見えている。どんな法案を出した所で結局新たな問題が出るだろう。他の問題もそうだ。結局解決には繋がらない。政党が変わっても根本的には変わらないのだろう。そろそろ革命の時期なんじゃないのか・・・。そう本当に思ってしまわざるをえない現状である。民主党に変わっても全く駄目だのであれば、革命家たちも立ち上がるであろう。今の日本は腐っている。平和ボケしすぎだ。だから完全にピントのズレたことばかり言う。年金問題が一番問題って・・・ボケすぎやって!

女性に間違われ続けた私の人生

前にも書いた通り、私は小柄です。誰が見ても細いです。ウエストもなぜかくびれています。体脂肪も10%を超えたことがありません。(初めて測ってから)

私は幼い頃から女性に間違われます。ここ最近までずっと間違われることが多かったです。最近はようやくおっさんくさくなったのか、かなり減りました。

一番ひどかったのは中学・高校の時です。「なんで学ラン着とるん?アカンで!」とか言われるし、名簿も女になっとるし、(名前も女性の名前です)小柄過ぎてユニフォームも女子のでした。大人になっても免許証が女性で発行されたり(最初に自動車学校でも間違えられ、訂正したものを窓口へ提出したが、結局女性で発行された)名前も見た目も女性っぽかったために、大変な若者でした。

ある時は友達と歩いていたら浮気と間違えられて、友達がさんざんな目に逢いました。飲食店でバイトしてたら「あんた男なんやって!?女の子にしか見えんなぁ」とか言われ、しかもこの時間違われるのが嫌で、髪も立てていたのだが・・・。このバイトをしている時は多分何十回とこういうことを言われた。ナンパもよくされた。たぶん普通の女の子よりされた・・・。駅を歩いていたらかなりの確率でされた・・・。笑っていいともの企画に「彼氏が彼女に着替えたら」だったかそんな企画があったが、出ていたらあっさり商品かなんやったか知らんが貰えただろう。というか着替える必要すらなかったと思う。普段から男物を着ていて、しかも絶対に男に見えるように!とかなり男物の中でも男物と見える物を着ていたのだから。

キャバにスカウトされたりもした。「君やったら結構金出せると思うよ」とか言われ、この時点で多分ホストへのスカウトじゃないんだろうなぁ・・・とか思っていたら案の定間違われていた。カラオケしている時もわざわざドアを開けてナンパしてきた馬鹿な奴もいた。男を必死でナンパしているとも知らず・・・馬鹿な奴・・・だが、こういう奴がメチャクチャいた。もし、私のような男が結構いるのなら、男を知らず知らずにナンパしちゃった奴がかなりいると思う。

デパートのトイレで手を洗っている時に、入ってきた男性二人が「うわっ!間違えた!!」とか言って女子トイレの方へ行って、また「うわっ!何で!?」とか言って騒いでいた。ちょっと申し訳なかった。この時は私も間違えられてもいいや!という気持ちで髪も普通に少し伸ばしていたので、間違えてもしかたなかっただろう。しかし、この二人は派手にリアクションしたので笑ってしまった・・・。

車を運転していたら検問していた。免許証出したらマジマジと顔を見られ「これ免許証男になってるで」とか言われ「男なんで男で合ってますけど!」とか大声で言ってしまったこともある。「警官がすんません!!」とか言っていた。まぁこういうことは多かった。同じことが何回もある。警官よ、そろそろ分かってくれ。

そんな感じで、私の人生は数え上げたらきりがないくらいに女性と間違えられた。そして男に見えるように努力した。服装は革ジャンにサングラスしたり、ダボダボのズボンにしたりした。ガニ股で歩いたり、中学からタバコを吸うようにもなった。髪を上げたりした。思いつくことはやってみた。でも間違えられた・・・。そういう女の子として見られた・・・。そして諦めた。もう何もやっても間違えられるんやぁ・・・背ぇ伸びやんかったら無理やな。と思っていたら全然伸びなかった。髭も生えてこない。なぜなのか・・・。洗顔も水だけだし、リンスも気が向いた時だけだ。普通の男の子よりも美容に興味がない。でも「肌キレイ」「髪の毛艶々」とか言われる始末・・・。褒められた気がしない・・・。「手ぇ超キレイ!手のモデルできるよぉ」とかそんなのばっかだった。一番ショックだったのは「女やったら完璧やったのにね」という言葉だった。これは男だったら失敗や!みたいに言われてる気がしてしばらく落ち込んだ。

こんな人生なので、私は必要以上に男らしいということを研究した。そしてある程度のところまでようやく来た気がする。ギャル男と呼ばれる人種がなぜわざわざあんなに女性っぽくしようとするのか謎である。あれは女性っぽいのではなく、ただアホっぽい。私のような経験をしてきた人がいれば、是非教えてほしい。あと、私は名前も見た目も女性っぽいが、本当に中身も男であってホモでもない!普通の男よりも(普通のとつけるのも変だが)男らしいと思っている。もう間違えられないと信じている。

正座してますか?

私の娘はもうすぐ1歳になります。成長が遅いため、全然1歳に見えません。見た目としては7,8か月といったところでしょうか・・・。この娘は最近正座ばかりします。教えたわけではありませんが、好んで正座をします。しかも安定感抜群なので驚きます。

さて、みなさんは正座をしていますか?きっとしていない方が多いでしょう。正座は膝を痛めるなどの理由からしない人が多くなりました。こんなに良い座り方がなぜ??

椅子に座っても身体の芯を意識できる人ならまだ良いのですが、そうでない人は今すぐ正座をしましょう。あまりにも身体に芯がない人が多すぎるのです。芯がない人の動きというのは、みな無駄な動きばかりです。特にスポーツをやられている人はすぐに正座しましょう。武道をやられている人は勿論していますよね???

え~・・・驚くべきことに、今の小学生には、正座をしようとしてもできない人が結構います。足首が固すぎるのです。これにはさすがに目が点になりました。やらないのではなく、できなかったとは・・・。膝を痛めるとか全くのデタラメなので、今すぐ正座をしておきましょう。正座がダメなどと言ったのはどうせ医者でしょう。医者は生きている人間の構造を全く知りません。あまり鵜呑みにしてはいけません。(中には研究熱心な医者もいます。こういう人は別です)

そもそも身体の芯ってわかりますか?武道をしている人なら正中線で分かるでしょう。その他の人は、身体を頭のてっ辺から串刺しにしているのが芯だと思ってください。分かりますか?分からない人は芯が全くないので、今すぐ練習しましょう。あなたがもしスポーツをやられているのなら、芯が意識できないなんて、ちょっとお話になりませんよ・・・。あなたのトレーニングに正座を今すぐ組み込みましょう。ある武道家さんのお話には「正座をしなくなったことが、戦争による最大の損失だ」なんていうのがあるくらいです。まぁ、いくら何でもそれはないでしょうが、正座は本当に重要ですよぉ。

ちなみに、私は正座を座っていると認識していません。あとヤンキー座りもですが・・・。この2つは坐骨が地面に接していません。これが重要です。なぜ重要なのかは考えてください。

身体を意識する

良い動きをするためのトレーニングとはどのようなものか?みなさんは一体どのようなトレーニングをしていますか?そして、それは本当に意味のあるトレーニングになっていますか?

私が大事にしているトレーニングは、体を細かく意識していくことです。例えば、背骨1つ1つへの意識とか、股関節のねじれ具合などです。実践では無意識にできることを目的とし、そのためにトレーニングで意識しています。

具体的なトレーニング方法としては、腰だけを回す(それ以外を動かさない)、胸だけを回すなどです。できるだけ細かく意識することが大切です。骨盤への意識もし始めると、骨盤は実はたくさんの骨の集合体なので、意識する場所はものすごく多いのです。これができるようになってくると、仙腸関節というほとんど動かない場所も意識的に調節できます。これは非常に大事ですよ。

筋トレや無駄なストレッチに時間をかけるよりも、こうしたトレーニングをした方が、より短期間でより効果的なものとなります。筋トレした方が早いっしょ!とか思う人も多いでしょうが、筋力をつければそれだけ体の扱いが難しくなります。つけた筋肉の分体の扱いに慣れるまでの時間も必要となり、これにはどれだけの時間がかかるか検討もつきません。自分の成績に不満があったり、高い目標がある人はこうしたトレーニングをすることをお勧めします。正しく行えれば、間違いなく今よりもパフォーマンスが向上します!

2007年9月21日 (金)

男子いじめにより自殺・・・

また、いじめによる自殺者ですね・・・。残念です。これだけいじめによる自殺者が多いのは何が原因だと思いますか?国はどう考えているのでしょう。

私の個人的な意見ですが、一番悪いのは国でしょう。いじめは今に始まったことではありません。しかし今これだけ自殺者が多いのは教育の問題が大きいでしょう。いじめ事態が悪質だという問題もありますが、ひとりひとりがプレッシャーに非常に弱くなっているのが原因でしょう。

なんの対策も打ち出せない国が悪いとは思いませんか?多分何か対策を出してもしょうもない事ですよ。いじめられている人がそれを見たら愕然とするような対策を打ち出すことでしょう。なんせ自分のことに置き換えることを知りませんから。

自殺するくらいなら、学校から、世間から離れましょう。そんな奴らのために命までくれてやる必要はありません。戦うことが選択できないなら、せめて逃げ方を死ぬという方法から変えましょう。

いじめはなくなることはありません。断言します。なくなりません。学校でのいじめだけをいっているわけではありません。国家単位でのいじめもなくなりません。職場でのいじめも当然なくなりませんよ。そうであればいじめに負けないように育てるしかありません。いじめている側の人間も、いつかいじめられるかもしれませんよ・・・。油断していると、そこの先生!あなたもいじめられるかもしれませんよ!!自分だけは大丈夫とか思ってるんじゃないのかな?世の中そんなに甘くないですよぉ・・・。

ダイエット情報

あまりにも間違ったダイエットが横行している現在、正しいダイエット方法を指導する場が必要ですが、実際そういう場は金額を吊り上げすぎです。ブログという場を使って少しずつ情報を提供します。一応プロですんで役立つと思います。

当たり前のことを書きますが、当たり前のことほど重要だということをまず認識して下さい。

1.規則正しい生活
なんと言ってもこれが一番重要です。早寝早起き、バランス良い食事(日本食を推奨)、適度な運動(散歩で良いです)これをまず守ってください。

2.ダイエットしているという自覚
ダイエットを本気ですると決めたのなら、まずはダイエットということについて調べましょう。運動でのダイエット効果はすぐには出ません。運動直後に体重や体脂肪を測って一喜一憂しないことです。3か月は頑張りましょう。そして、運動を止めないことが大切です。体型維持を心がけましょう。自分の身体のことを知っておくことが本当に大切です。

3.開き直らない
これは予防につながっています。「どうせデブだし」「このくらいはまだセーフ」とか思ったら終わりですよ。自分の理想から外れているなら頑張ってダイエットしてください。そして一回痩せても油断しないでください。

4.だまされない
エステサロンなどでだまされないでください。非常にだまされているケースが多いです。短期間で痩せたり、あまりにも想定外なほどの肥満であれば別ですが、ダイエットなんてお金をかける必要がありません。多少見た目良く痩せようと思えばお金は必要ですが、何十万も何百万もかけるのはモデルや女優だけで良いはずです。気をつけましょう。あと、ダイエットサプリも保障がないです。危険な物も多いので利用はお勧めいたしません。

5.断食は絶対しない
夕食を抜いたり、リンゴ一個だけというダイエットは必ずリバウンドします。元気よくいつもどおり食べましょう。(許容範囲を明らかに逸脱した食べ方は直しましょう)

え~・・・とりあえず基本は規則正しい生活です。ある程度までの肥満ならこれで十分です。ただ、1週間で何キロ落としたいというダイエットにはここに書いたことは当てはまりません。急ピッチでのダイエット自体お勧めしません。そうならないために普段から心がけることがまず第一なのです。ビリーをやってる人の場合、あんなに動くよりは、散歩とストレッチを同じ時間やった方がいいと思いますよ・・・。あれはちょっとやりすぎでしょう・・・。

筋力トレーニングしてます??

ビリーズ・ブート・キャンプが大ブームでしたね。これで筋トレに目覚めちゃった人も大勢いるのでは?

さて、私はあまり筋トレが好きではありませんが、筋トレを全て否定している訳ではありません。やはり必要最低限の筋力はあった方が良いでしょう。自分に必要な筋力をまず知ることが大事です。無駄な筋肉はかえって邪魔になることを知りましょう。

私がしていた筋トレを紹介しておきます。まず、腕立て伏せなのですが、これはバリエーションが豊富です。腕を横に曲げるものや縦に曲げるもの、片手もあれば指立てもありです。手の幅をおもいっきり広げたり、また両手を重ねたり。そしてお勧めは腕を伸ばしたまま肩を前に突き出す腕立てです。腕立てなのに腕を曲げません。試してください。あとは両手をいっぱいまで広げてキープするというのも面白いですよ。曲げ伸ばしがしたいなら、同じ側の手足(右手と右足、左手と左足)をついての腕立てがお勧めです。

腹筋なら開脚・閉脚のV字腹筋ですね。ちなみに一般的な腹筋をする時に両足を曲げてするのは常識になりましたが、その時に足を押えてもらってはいけません。この場合、腹筋への効果が薄くなります。気をつけてください。

背筋は・・・鍛えなくて良いと思いますが、競技上どうしても必要ならトランポリンを飛べばOKです。なければただおもいっきりジャンプしておきましょう。それで充分です。背筋は日常生活で十分使っていますので、あえて鍛える必要はなく、腰痛の原因とさえなります。

脚を鍛えるなら片足でスクワットですね。慣れたら目をつぶってしましょう。もしくは両足でかかとだけついてのスクワットやつま先だけというのもありです。しゃがむ時と立つ時で体重をかける場所を変えるのもありですね。

ここまで書いてきて気づいた方もいるでしょうが、バランストレーニングが同時に入っています。そこが大切です。マシントレーニングなどが良い例ですが、鍛えたい場所だけ鍛えても実際の動作に役に立ちません。動きの中で鍛えた方が良いでしょう。バランストレーニングは必然的に筋力トレーニングになります。ということで、一番お勧めなのは倒立系のトレーニングです。

倒立にもバリエーションがいっぱいです。まずは壁倒立。次に三点倒立。この辺りは倒立が苦手な人用ですね。片手倒立や指倒立もありです。三点倒立から倒立への上げ下げも良いですね。倒立でのジャンプも良いですよ。色々試してください。

と言う訳で、筋力トレーニングをするなら、実際の動作に役立つようにトレーニングしましょう。マシントレーニング反対。必要以上の筋肉はパフォーマンスを低下させます。使えない筋肉はただの肉の塊です。あと筋トレのやりすぎにも注意しましょう。

良い動きをつくる

スポーツをやられている人で、今のレベルよりもっと上へ行きたいという場合、どうしますか?もっと筋肉をつけますか?可動域を広げますか?メンタルを鍛えますか?

どれが間違いとは言いませんが、脱力が私は大事だと思っています。無駄な力を抜くことが良い動きをするためには何より大事ではないでしょうか?

例えば、一流コックと新米コックとでは動きが全然違いますよね?新米コックは一流コックに比べて圧倒的に無駄な動きが多いですよね?上手い人ほど無駄が少ないのは当たり前です。

テレビなどでスポーツ観戦をしていると、一流と呼ばれる選手でも無駄が多いです。無駄だらけです。トレーニングにも無駄が多いことでしょう。失礼ながら野球の清原選手などは無駄な力が多すぎます。体格でプレーしていては、怪我は避けられないでしょうし、良いプレーからも遠ざかる一方です。

今のレベルより上へ行くためには脱力を学びましょう。余分な力が入らないように工夫しましょう。また、正しい動きを理解しましょう。研究しましょう。今あなたが常識だと思っていることが、実は非常識かもしれません。実は体にとって非効率的な動作かもしれません。

武道であれば、無駄な動き一つが命取りになります。スポーツの世界にはまだまだ無駄がいっぱいです。それをひとつひとつ減らしていきましょう。そうすれば確実にレベルアップできますよ。

暴力では何も解決しない??

昔、学校の先生に「暴力では何も解決しません!」と怒られた。1人の先生に言われたことではなく、色々な先生方に言われた。じゃあなぜ戦争が起こるのか?なぜレイプ事件や殺人事件が頻繁に起こるのか?おかしいじゃないか?

暴力で解決することはあるのではないか?というか暴力を用いなければならない時は必ずあるだろう。自分の家族や友達、恋人をレイプされたり殺されたりした場合、殺したくならないか?そこまでいかなくても、殴られたら殴り返すだろう。自分の意思を通そうと思えば力を行使しなければならない。話し合いに応じない相手の場合は暴力しかないのではないか?実際に警察でもそうではないか。軍隊でもそうではないか。国会だってそうではないか。暴力では何も解決しないと言った先生だってそうではないか。解決しないと思っているのに暴力を振るったというのなら、何のために殴ったのか?おかしいではないか。

暴力は必要悪である。しかし、強いものが弱いものへ力を行使する場合は許されないだろう。暴力を使う必要性がないからだ。暴力というのは最終手段であると思う。話し合いに応じない相手に、喧嘩を売ってきた相手にのみ行使すべきだろう。しかし、先生や国は強いものには弱い。弱いものにだけ食ってかかる。自分ができもしないことを生徒に、国民に押し付けるんじゃない!

母子殺害事件について

本村さんの意見陳述を見ていて、目頭が少し熱くなった。8年間の想いというのは測り知れないものがあるが、子を持つ親として、自分のことに置き換えて考えると非常に非常に恐ろしい事件であり、絶対に許されない事件である。

この殺人者である元少年の意見には、怒りしかない。そしてこんな人間を8年間も生かしている国にも腹が立つ。育った環境が悪ければ、少年ならば人を殺しても良いのか?赤ちゃんを殺した犯人が死刑にならない国を法治国家と呼ぶのか?例え今後死刑になったとしても、殺人を犯してから8年間は悠々と生き延びた訳である。こんなことが許される日本とはなんなのか?

法とは何のためにあるものか?正しい国を作るために、また保つために存在するのではないか?社会正義とはなんなのか?この事件を学校の授業でもすればいい。この犯人は当然として悪だが、国も悪であるという証拠である。誰が一体この犯人に本気で生きてほしいと思っているのか?再犯の可能性大である。死刑にならなければ、法律というものの存在意義を、弁護士というものの存在意義を、国家というものの存在意義を疑う。というかもう信じていないのだが・・・。

どういう判決が下ろうと、私はこの犯人を、国を、許すことはないだろう。「私を嘗めないでいただきたい」という最後の言葉はなんなのか?あの時点で射殺していいのではないのか?本村さんに殺させてあげればいいのではないか?このままでは、犯罪などなくならない。殺人も当然なくならない。戦争もなくならない。日本はダメになる・・・・・・。

新聞に載ったいじめ問題

昨日だったか新聞の一面に、いじめを受けていた女子生徒が市を訴えたという記事があった。その記事には、学校側には何度も言ったが「おまえが我慢すればいい」とか言われたらしい。学校とはそういうところだ。そして市は、学校側は最善を尽くしたと思うと答えたらしい。

いじめにあったと人は、もしくはいじめを見ていた人は学校側が何もしないということを知っている。何もしないというのは気付かないということではなく、「見て見ぬふりをする」ということだ。それどころか、教師がいじめに加わることや、いじめの先陣を切ることも少なくない。それが現実だ。市や教育委員会や国がどんな言い訳をしようとも、学校とはそういうところだ。

市を訴えるというのは並大抵の決意ではないだろう。その決意をしなければならなかったほどのいじめとはどんなものだったのか・・・。それを見て見ぬふりできる学校とは何のためのものか。何を教えているのか・・・。いじめは悪いことと授業では教えつつ、学校はいじめは仕方がないもので、見たら気付かないふりをしなさいと教えていることと同義である。結局のところ市も国も同じ考えで、いじめられる者だけが悪いという考えだ。

それが記事にもあった。「いじめた生徒を訴えるのは、いじめた生徒を傷つけてしまう」だそうだ。もう無茶苦茶だ。それが通るのであれば、学校で教えているいじめ問題というのは嘘ということになる。これを見ても尚、学校や国は正しいと思える人は、どういう人間なのだろう?体制側の人間以外に国のやっていることが正しいと本気で思っている人とはどんな人なのだろう?激しく疑問に思う。この事件の結末が気になるところだ。

スキマスイッチ

私はそれほど音楽に興味がある方ではないかもしれないが、たまには聴く。よく聴くのは、ロックかバラード。最近はクラシックにも興味があるがそれほどでもない。

スキマスイッチと宇多田ヒカルが最近のお気に入りである。この二つは、歌詞が特に好きである。全力少年など大好きだ。なんとなく、本人たちにその気があってかは分からないのだが、現代社会を否定している。素晴らしい曲である。

宇多田ヒカルは大体の曲が好きだ。だけどCOLORSが特に好きだ。スペルが間違っていたらゴメン。これもなんとなく現代社会への否定に聴こえる。

自分の想いを音楽として表現するのは素晴らしいと思う。それができる人たちが少し羨ましいとさえ思う。絵で表現したりするのも素晴らしいが、私は絵にうとく、あまり心に響かない。音楽は心にズドーンとくる感じがある。それが好きだ。

スキマスイッチと宇多田ヒカルには、これからも素晴らしい曲を期待している。

組織と個人

オンリーワンという言葉が世界にひとつだけの花で流行語のようになった。オンリーワンというのは当たり前のことのようで、実は違う。人間とは生まれながらにして組織に組み込まれた組員である。

個人の自由・個性の尊重など嘘である。自由の国アメリカも不自由な国である。強いものにとって都合の良いように仕向けていく。それに気付かない人間を育てる。この教育、つまり学校へ行く時点で、それが義務である時点で実は自由ではない。そして個性など生まれない。

みなが個性だと思っているものも、実はメディアや国に惑わされた幻想であるとしか思えない。ほとんど全ての人間が強いものに洗脳されているし、その事に気づけないし、国はそれに気付かせない。

自分の意思で行動しているつもりで、実のところが国家という組織に操られているという現実。そしてそれに気付いた人間を国は排除しようとする。つまりは、人間は生まれてから死ぬまでの間、国家という組織から抜け出すことを許されていない。どこが自由なのか?

2007年9月18日 (火)

範馬刃牙という漫画

範馬刃牙という漫画がある。かなり有名なのでほとんどの漫画好きが知っていると思うが、私の地域でも流行っていた。

バキシリーズは格闘漫画の金字塔的存在らしい。私は周りの子たちの薦めで読んだ。結論から言うと、格闘漫画としては好きではない。しかし、実在の人物がモデルになっているという点で、一体どんなキャラクターを出してくるだろうという点が気になり、たまに読む。そして先日ひさしぶりに読んだ。

今まではほとんどが武道家をモデルとしてきた。しかし、今の刑務所内での話に出てくる「純・ゲバル」というキャラ。小さな国の大統領で、アメリカからの独立を武力でしたらしい。これは明らかに「チェ・ゲバラ」がモデルなのであろう。チェと言えばあまりにも有名な革命家である。バキもついに革命家の登場かぁと思ったのだが、この作者はいつも実在の人物をモデルとするわりには、実際とかけ離れたキャラにしてしまう。今回もそうだった。まぁ漫画だからいいのだが、実在の人物をモデルにするのなら、もう少し実際に近づけてほしいなぁと思う。そしたらこのゲバルというキャラをもう少し知りたいと思っただろう。

正直この作者は武道を分かっていないだろう。塩田剛三と知り合いだったらしいが、その塩田剛三をモデルとした渋川剛気というキャラクターには、合気ができていない。力の本質を描けていない。恐らくしらないのだろうが・・・。この漫画で一番強いらしいオーガという奴も、筋肉崇拝を表している。どうやら欧米的な思想の持主らしい。ん~、日本人のキャラクターを主人公とし、日本人のキャラクターを一番強いとしているのに、筋肉崇拝とはおかしな話である。どのキャラを見ても、ストーリー展開を見ても、不勉強であると感じる。ゲバルというキャラを出すのであれば、歴史的背景などはしっかり勉強しておいてほしいなぁと思う。あんまりひどく書かないでほしい。なんかゲバルは格好よくないのである。残念だった。日本的思想も知らないのだろうなぁ。だったら主人公も外人にしておけば違和感もなかったのに・・・。

強くなるために!力とは?

社会批判のようなことばかり書いていたので、ちょっと本職の方の話を。今までの記事を読んでもらうと、変な人だという印象になると思いますが、一応本職の方では評価をされている方です。

力とは何でしょう?筋力=力ですか?一般的にはそうでしょう。じゃあボディビルダーは強いのですか?その理論ならボブ・サップは無敗ですよね。筋力だけじゃなくて技術や根性も関係あるだろうと言われると思いますが、今回はそこは置いといて、単純に力の話をしようと思います。

力=重さという考え方をしてみましょう。重さとは、体重であったり重力であったり、物を持った場合ならその重さです。これをどう使うかが重要です。例えば、歩くだけで人を飛ばすことも可能です。これは筋力では不可能な芸当でしょう。体重の移動で人を投げる。柔道にも確かそんな技があります。筋力というのは、体を扱う上で、むしろ邪魔になることの方が多い存在です。必死にパンプアップしている人には悪いですが、損してますよ。まぁ競技によりますけどね。

力=重さが一番あらわれやすいのが剣道でしょう。力んで竹刀を振るっても勝てませんよね?力で圧倒的に勝る若者が、明らかに非力な老人に遊ばれますよね?素手の場合も同じです。重さを実感し、それを利用できる人が力持ちと言えるでしょう。

簡単に強くなる方法としては筋力UPが早いでしょう。しかし、本当の強さを知りたいのなら自分の身体を徹底的に知ることです。特に体格的に小さい人はそれしかないです。筋力を忘れ、体重移動を研究してください。体重差が何キロあろうが、何センチ身長が違おうが問題ありません。頑張ってください。

サウスバウンド

そういえば、非常に面白い小説を見つけた。サウスバウンドという本だが、元過激派の父を持つ少年の話だ。このテーマをもつ小説はないんじゃないかなぁ。ストーリーも非常に良く、私が今まで読んできた本の中で一番である。恐らくこれを超えるものはしばらく出ないだろう。それほどの本だった。

上下巻を二日で読んでしまった。映画化も決まっているらしい。国民全てに読んでほしい作品である。というか、よくこの作品を書いたと思うし、よく出版したと思う。これを書いた作者に尊敬の意を表したい。

今なんの本を読もうか迷っているのなら、絶対にこの本を薦める。間違いなく楽しめる。内容は小難しいはずだが、書き方があまりにも上手いために問題なく読める。学生でも大丈夫だ。これで読書感想文など書けば入賞は頂きだろう。

私の考えに近い部分を珍しく感じ、驚いている。こんな感覚は初めてである。思わず妻にも「いつでもいいし、どんだけかかってもいいから読んで」と言って渡した。あまり活字を読まない妻だが、珍しく楽しく読めているらしい。活字が苦手な人でも問題なく読めるので、是非読んでほしい。学校でもこれを教科書として使えばもっとまともな人間が育つだろうに・・・。

私が気をつけるべきこと

私はこれから先、気をつけなければいけないことが多々ある。その代表が子供のことである。私は前から書いているとおり、学校には行かなくていいという考え方だ。しかし、子どもは当然学校へ行きたいというであろう。それを止める権利はない。自由だ。しかし、子どもに学校に行かれると、数々の問題が出てくる。

いくら最近社会になじんでいる感じがする私でも、本質はなんら変わっていない。生粋の教師・学校嫌いである。しかし、子どもが学校に行くというのなら、どんな風に学校生活を送るのかは気になる。運動会や授業参観には参加したいし、家庭訪問も嫁に任さず自分でしたい。だが、そうすれば間違いなく私は教師に怒声を浴びせることになるだろう。よっぽど奇跡的にまともな教師でもない限りは。そしてそうなれば子供も私と同じ運命を辿る。つまりは、学校側からの、教師からのいやがらせ、いじめである。これに関してはまた他で書こう。しかし、子どもが子どもからいじめられる分にはだまっているが、大人からいじめられるのであれば、しかも学校からであれば私は当然許さない。とことんやる!間違いなく。

子どもに学校に行かれたら、私は逮捕されるのかもしれない・・・。それだけのことをしそうな気がする・・・。まぁいいか。そんなことを嫁に話したら、あんたは先生に会うなと言われた。運動会とかは見たってほしいけど、先生や周りの大人とは接するなと言われた。まぁそりゃそうか。学校では他を無視する方向で頑張ろう。なので、学校側も先生方も私にかまわないように。教師生命が終わってしまいますので、私にかまってはダメですよぉ。

無能力教師

先日、新聞の記事に「無能力教師と認定された教師が昨年より50人減った」という風な記事があった。「無能力教師と呼ばれる教師の大半がベテラン教師である。」というのには「まぁそうだろうなぁ」と感じるだけだが、この記事の驚くべきところは、50人減ったということに感心している。素晴らしいことだとしている。「えっ!?」とならないか?

無能力教師の話題は何年か前にされ始めた。無能力教師と認定された教師は特別講義を受けたり辞めたりしたはずだ。であれば、なぜ毎年無能力教師と認定される人間が出てくるのだ?それも新人が認定されるのなら分かるが、ベテラン教師ということは、前にもテストされているはずである。ということは、年々無能力になったということなのか?違うだろう。つまりは無能力と認定するテスト事態が無能なのだ。それを考える人間自体が無能なのだ。そしてこんな記事を書く奴も当然無能なのだ。それを掲載する奴も無能なのだ。

まぁ、本当の意味で無能力を考えると、教師は全員無能力教師になってしまう。それではいくらなんでもまずいのだろう。無能ではあるけれど、なんとか授業くらいはできるという人をOKとするくらいで通さなければ仕方ない。・・・・・・教師ってなんだ??

無能力教師に担任をさせている学校は無能ではないのか?無能力学校とか認定しなくていいのか?それとも、問題をひた隠しにするという能力があるからOKなのか?それなら納得してやるが・・・。

ガリ勉君よ、人生捨ててるのか?

恐らく、誰でもガリ勉と呼ばれる人を知っているだろう。学生時代に最低でも1人はいただろう。そしてそいつは今どうなっている?落ちこぼれと言われた人間はどうなっている?

私から言わせればガリ勉君は人生を捨てている。学校の勉強を頑張って、遊びもろくにせず、コミュニケーションの取り方も覚えず、マナーも知らず、一体どんな人間になりたいのか?なんのために勉強ばかりしているのか?何も見えていない。現実逃避。

一見必死に生きているように見えるが、実のところ人間として生きることを放棄している。分かりにくいか???個人として、自己として生きていない。考えられない。まさに日本に染めきられた存在がガリ勉である。その先に待っているのは・・・絶望である。

間違ったストレッチをしていませんか?

ヨガブームでストレッチをする人が増えました。ストレッチの重要性を説く人たちも増えました。それ自体は良いと思います。しかし、間違ったストレッチをしている人、指導している人があまりにも多いという現状に危機感を持ちます。

ストレッチは体を柔軟にするためのもので、怪我をしない体作りの基本ですね。それはそうなのですが、まず柔軟な体とは?というところですでに間違っています。脚が180度開けば柔軟な体ですか?手の指を反らせて前腕につけば柔軟ですか?バレエダンサーのようにクネクネ動くのが柔軟ですか?

柔軟とは=なめらかです。滑らかに動ける体が柔軟な体です。外見がなめらかに動いているようでも、内部の筋肉や骨はなめらかに動いていますか?腕の動きを作る時に、肩甲骨はどう動いていますか?また、それを感じられますか?

ストレッチで体を痛めたとか、ストレッチは痛いとかいうのは間違っています。それはただ、筋を痛める動作をしているだけです。いかになめらかに動けるか!それがストレッチをする上でのテーマです。連動性と細分化です。筋を伸ばすのがストレッチという考え方をもってしていては、いつまでたってもあなたの体は硬いままですよ。怪我をしやすいままですよ。例えば筋を伸ばすストレッチが正しく、バレエダンサーのようなのが柔軟だと言うのなら、イチロー選手の体は硬いということになりますよ。トップアスリートの中には、こういう人が多いですよ。それをどう考えますか?

「休む」ことの必要性

日本人は働きすぎだと言われます。過労死という言葉も日本特有のものです。「日本人は」という点を考えると、「人間は」というくくりで考えた時はどうなのでしょう?

人間は働きすぎなのでしょうか?世界各国の働き具合を見るとそうでもない気がします。そして働きすぎの国と比べ、みな良い笑顔を持っています。例え貧困でその日の生活さえ危ない人たちでも、日本人に比べてよい顔をしています。

日本では働く=金稼ぎとなります。しかし、働くとは本来金稼ぎのことを指すものではないと思います。そして、金がなければ生活ができない、生きていけないという世界も本質ではないと思います。

健康面の観点から考えると、人間の本質は「休む」ことです。休んでいる状態こそがニュートラルポジションであります。日本人がこの時間が少なすぎます。それでは当然健康も害しますし、効率の良い行動はできません。休むということは寝るということでもありますし、力を抜くという意味とも捉えられます。休む状態を基本としなければ、スポーツにしても仕事にしても良い成績はあがりませんよ。

学校なんて行く必要ない!2

学校なんて行く必要ない!と書いて思ったのだが、私も学校に行っていないと思われた気がする。私は高校まで卒業している。大学へは行っていない。高校も卒業はしたが、ほとんど行っていない。

小・中・高と卒業はしたものの、確かに常に問題児扱いだった。いろんな先生に「お前は不良ではない。でもこの学校の中で間違いなく一番の問題児や!」などと幾度となく言われる。本人は全く普通に生活しているつもりで、普通の生徒のつもりだ。しかし、周囲はそう感じていなかったようである。まぁ、今思うと私は学校に反発をしにいっていた。というか学校側からすれば、私が在学していること自体が反発であった。反対運動とも見えたかもしれない。なぜなら私の考えに勝手に賛同する人間がなぜか湧いてくるからである。

この支持者とでもいうのか、賛同した人間は9割方学校を辞める。きっと学校にいることが馬鹿らしくなるのであろう。言っておくが、私は誰もオルグしたつもりもない。当然「学校なんて集団催眠施設だ!」などと学校でふれ回っていたわけでもない。ただ、存在が反対運動のようになってしまった。それは確かに学校側からすれば驚異である。

ついでに言うと、私は過激派でもなければテロリストでももちろんない。思想教育を受けたわけでもないし、家庭も普通のサラリーマン家庭だった。こんな考え方をなぜ持ったのかは分からない。ただ、幼い頃から国のシステムや教師の考えに疑問を持っていた。それが普通と思って生活していた。授業中に何度も「それはおかしいやろ!」や「勉強不足やで!」とか先生に思わず言っていた。そりゃ気の弱い先生は辞めてしまうだろうなぁと今は思う。なぜ他の子はこんな授業内容で不満が出ないのだろう。明らかに嘘を教えているとなぜ感じないのだろう?そう思いながら高校まで卒業した。これは私としてはよくやったと思う。学校に反発し続けた学生時代であった・・・。今は少しは社交的になったつもりでいるし、周りからもそう言われる。それはきっとあきらめでもある。何を言っても変わらないのだということを、そして周囲は変わりたいと思っていないと思ってしまったからだろう。私は良くなったのか?悪くなったのか?難しいところである。

学校なんて行く必要はない!

いじめられて自殺する奴、または自殺しようとしている奴、ちょっと待て!!なぜ自殺する必要がある?学校でいじめられたくらいで、なんで死んでやる必要があるのだ?自殺するくらいなら、いじめた奴に酬いようとは考えないのか?

そもそも学校など行く必要のない場所である。そこに行けなくなったからとなぜ自殺する必要がある?死ぬ前に「考えろ」。なぜを禅のように繰り返せよ。・・・・・・死ぬ必要がないことが分かるだろう。

学校とは前にも書いたが、国の思想を植え付けるための集団催眠施設である。国のために使いやすい人間を量産するための場所だ。そんなところに真面目に行ってできることは、反発だけだ。国への、学校への教師への反発をしに学校に行くのなら分かる。不良になるということとは違うので理解してほしい。いわゆる過激派でもないと思う。真に自分の意思を持つ人間となるためには学校など必要ない。というか邪魔である。

ただ、ひとつ言っておくと、国に染まった方が楽である。みんなと一緒じゃないと怖い、不安だと思う人はそのまま染まっておいた方が楽。しかし、人に操られるのなんて耐えられないという人は学校に行く必要なんてない。これは不良とは違うと思っている。不良ではないが、周囲から見たら問題児ではある。しかしそんなことは気にする必要がない。百万人といえど我行かん!である。

浅い、浅すぎる・・・

一見成功している資産家でもそうだが、みな考えが浅すぎる。どころか考えているように見えない。根本を分かっているのか?

考えるということを分かっていない。「分かる」ということは前述したが、考えるということも分かっていないようだ。非常に迷惑な人間が多すぎる。まぁ、国がそれを量産しようとし、成功しているのだろう。国に染められている。自分の旗を振って生きているつもりが、実は国に染められている旗を振っているだけだと気づかない。哀れである。

人は常に根本を考えなければならない。物事に対して「なぜ?」を繰り返す必要がある。「塾へ行ってしっかり勉強しなさい!」と言う親がいるとする。ではまずなぜ塾へ行く必要があるのかを考える。受験しなければならないからとなる。ではなぜ受験する必要があるのか?良い大学に行くためとなる。ではなぜ良い大学に行く必要があるのか?良い大学とは?その後は?なんのために学校がある?なんのために生きている?・・・という風に考えるのが当たり前のことだと思うのだが・・・。

環境問題にしろ、年金問題にしろ、いじめの問題にしろ、誰も根本を考えていないように見える。こんなことを繰り返していても何も解決しないだろう。馬鹿が何人いても無駄である。・・・・・・しかし、国の催眠術は非常に上手いと思う。9割以上の国民にかかっている。これだけの催眠術師は他にいないだろう。国家というものは史上最強の催眠術師である。まぁ、今の日本ではそのうち催眠のとけてくる人々が増えてくるだろうが・・・。

友達親子の量産・・・

街を歩いていたり、テレビを見ていたりすると、親子なのに友達のような人たちをよく見かける。親がただ子に合わせているのではなく、親が進んでというか、全く同じレベル(精神年齢)なのだ。こんな親に躾などできるわけがない。

40にもなって娘と同じファッションをしている母親。ブーツにミニスカを履いて厚化粧で街を闊歩する。恐ろしい奴である。周囲に与える不快感は莫大である。

一見こんな親は親しみ易くて良いという意見も出るだろう。しかし、本当にそうであろうか?まぁそれに気付くのは、自分が失敗した時なのだろうが。仕事で失敗したり、人付き合いで失敗したりした時にようやく気付く。冷静に考えればすぐに分かるはずだが・・・。

親は見本であるべきである。同じレベルにいては親ではない。子を叱れない親は親ではない。友達でもないが・・・。自分の子が本当に可愛いのであれば躾をしよう。どこでもそうだと思うが、叱られないということは、諦められているということだ。期待されていない。捨てたようなものだ。自分で産んでおいて、育てられないから捨てるなどもってのほかである。友達親子は愛情ではない。なぜわからないのか・・・。

2007年9月17日 (月)

「分かる」って分かる?

分かるという意味が分からない人が結構いることに驚いている。あなたはどう考えるだろうか?分かるって何?と聞かれた時にどう答える?

例えば仕事中に部下がミスをした。それに対して注意する。その時に大体最後に「分かったか?」と言うだろう。そして「分かりました。」と部下は答えると思う。・・・がその部下はまた同じミスをしないだろうか?そういう時、「全然分かってないやないけ!!」となるだろう。こういう経験をしたことはないだろうか?

つまり、分かっていないのだが、分かるということすら分かっていないということに気付いているだろうか?これに気づかなければあなたの部下はいつまでも同じミスをします。

部下側の人に分かるということを説明すると、分かるという漢字を見てほしい。「分ける」という字だ。つまりは分かるとは分けるということである。他のことと分けられるようになることが「分かる」だ。であれば、良しとすることとダメとすることの区別がはっきりできるということである。なにが良くて何が悪いかを区別できることが分かると言える。言われたことをそのまま聞いて「分かった気」になっていてはダメだ。分からない時は考えなければならない。それでも分からなければすぐに聞くことだ。でなければ会社としては多大な迷惑である。もっと考えることである。

いじめられる奴が悪い!!!

よく学校で、いじめる人が悪いのか?いじめられる人が悪いのか?という授業がある。みな一度は受けたことがあると思う。私も何度か受けた。まぁ私の場合は個人指導も含めてかなりの回数受けた。

間違いなく学校はいじめる人が悪いということを正解としている。アンケートと称しながらも正解があるテストだ。いじめられる奴が悪いと書けば指導される。おかしな話だ。

学校でのいじめなど、しょうもない問題である。いじめられる奴の言うことを聞いてみればすぐに分かる。いじめられる要素を全て揃えたような人間をみな1人は知っているであろう。いじめられる人間は、この要素を指摘されても直さない。頑固である。であれば、そのことでいじめられても仕方がない。

いじめられたくない人は、自分が人と違うという所を探そう。何が嫌がれているのか?どうすれば良いのかを考えつくす。そして直す。そうすればいじめられない。そんなことをしてもいじめられるという人は、まだまだ真剣ではない。いじめられない人間とはどんな人間なのかをもっと真剣に考えよう。いじめられる人間とどこが違うのか真剣に考えよう。もしこれを真剣にしてもいじめられるという人は、諦めよう。いじめられる要素を捨てられないということだから。その要素が好きなのだから、諦めよう。本気でいじめられるのが嫌ならこれで終わっているはずである。

いじめている本人にいじめている自覚などない。からかっているだけである。反応がつまらなければ終わる。つまりいじめられっこというのは、リアクションが面白いということだ。いじめっこを楽しませているだけである。いじめる側はからかっているだけのつもりだから、少なくとも初めは本当にからかっているだけである。面白い反応をしないように。

「僕は何もしていないのに、いじめられる!!」と言う人はいじめられて当たり前である。もういじめられ要素が満載である。恐らく、いじめっこにとってはその喋り方、考え方自体がもう面白い。そしてそれに気付かないことがまた面白い。それに気付こう。

ちなみに、世界からいじめがなくなるということは地球が終わるその瞬間までない。いじめから抜け出そうと思ったら、逃げずに真剣に向き合うしかない。それができないなら、いじめられ続けるだけである。真剣に向き合うことでしか抜けられない。まず自分を変えることだ。大人になったら、転校すれば、外国に行けば・・・なんて考えるのは無駄なことである。いじめられる要素を取り除かない限りは・・・。

年金のおばちゃん!!

年金を払いなと来るおばちゃん。「この紙書いて出してくれたら半額免除になるから!年金は払わないかんに!今書いてくれたら私が持ってくから」20歳になった時にこんな人が来た。「収入はあるの?」「あぁ、それやったら間違いなく全額免除になるよ。あとここもチェックしてくれたら来年も免除になるから」そう言われて「まぁ免除になるんやったらあんたらうるさいで書いたるわ」と言ってそれだけ書いて渡した。しかし、全額免除になっていなかった。半額免除になっていた。収入がない人間に半額でも払えと来たか。なんのための免除制度なんだ?そして次の年にもまたおばちゃんは来た。

「あんたこの紙出した?出してなかったら免除にならんよ!今書いて!!」と来た。ん?「去年ここにチェックしたら来年もそのままやって言うとったで!」と言ったら「半額免除の時は毎年出さないかんの!」ときた。そんなら早くそう言えよ!なんで去年言わへんのやと思ったがおばちゃんに言っても意味がないので言わなかった。「もぉ申請せないかん時から何か月も過ぎて待ってるやん!」そしたら「通知が来てるやろ?」ときた。そんなのは来ていない。まぁこれは前に書いたが旧住所に届いていた。「こんないいかげんなところは信用できへん。やから年金は払えんし、書類も書かん。帰れ。」となった。民間でこれだけ信用を失ったら間違いなく倒産である。しかし、国だから倒産などない。だからか危機感が全くない。この後に及んでこんなおばちゃんを雇っている。

このおばちゃんは全く仕事ができない。旧住所に書類がいつまでも届くという話をしたら、そんなはずはない、今確認するとなった。そしてやっぱり役所のミスだった。このおばちゃんはいつも断言するだけで、そのとおりにならない。馬鹿なのだ。現実を見れない。そしておばちゃんはものすごく高飛車だ。何でこんな手間かけるの!という風に怒っている。早く書けとせかす。しかし、書かないと言うと「書かな半額免除にならんよ!全額払わないかんくなるよ」その繰り返し。なので帰れとなる。そんなことを言うのならまず信用できるようにしろよ。自分のとこのミスで信用を失ったんやから、自分とこの力で取り戻せよ。逆ギレだろコレは。銀行だとしたら、預金していたがその金を社員が使い込んだ。だからあなたの預金はなくなりました。と言われて納得しろと言っているようなものだ。

取り立てにくるなら年金にしてもNHKにしても、まともに話ができる人間のみを出せよ。何にも分からん人間に来られても困るやろ。しかもチャイム連打するし・・・。ちょっと起こったら逃げてくし。違う人来るけど結局何にもできやんし・・・。ベテランっぽいおっさんも何にも説明できん奴やったし・・・。馬鹿をよこすなよ。基本的に私は穏やかで優しい。周りからもそう言われる。普通の人さえ来ればまともに対応するのだから、そうしろよ。人を小馬鹿にしたような人間と話しとったら誰でも怒るやろ。もう一度言うが、私は穏やかな人間である。話し合いには絶対応じる。だから話のできる人間のみをよこすように。

国民の義務??

日本国民である以上、次のような義務が強制的にかせられる。「教育・勤労・納税」の3つである。誰しもが知っていることであろう。しかし、疑問である。なぜ生まれてきただけで勝手にこんな義務を背負うのか?日本という場所に生まれただけである。義務教育はなんのためにあるのか?不登校児は義務を果たしていないことになる。この場合不登校児は反国民なのか?ニートは勤労の義務を果たしていない。これは反国民か?当然この場合納税の義務も果たせない。不登校児として大人になり、ニートとなった場合は3つの義務の全てを守れていない。これは反国民なのか?どうなのだ???誰か展開してほしい。

こんな疑問を幼い頃から持っていたので、当然先生に質問する。しかし、先生は答えられない。今思えば学校の先生には難しすぎる問題だった。しかし幼い頃は学校の先生とは何でも知っているものだと信じていた。まぁこういう問題の繰り返しで小学校の高学年ですでに先生はみな馬鹿だという結論付けをしたのだが・・・。

教育大学というのは何を教えるのか?生徒の質問にひとつも答えられない教師を作るのが仕事なのか?教科書に書いてあることを読むだけなら教師なんかいらないぞ。税金の無駄遣いだぞ。教科書読むだけは仕事放棄だぞ。そんな教師しか作れないなら教育大学も存在する意義をもたないぞ。そんな教育者はいらないぞ。質問に答えられない人間を先生とは呼べないぞ!

働くところがない人たちは義務を果たしようがないぞ。また、働きたいと思わない人を作っていったのも国だぞ。義務を果たさない人を増産していっているゆとり教育を始めたのは国だぞ。納税は義務だと言うが、納めた税金を国のために使わないと知っていながら納税しろと言うのは、恐喝だぞ。詐欺だぞ。弱者からの搾取しか頭にないのか・・・。それが政治と言うのか?日本という国も終わりが近い・・・・・・。

市役所の仕事放棄

今うちではしょうもない問題を抱えている。まぁ問題を抱えているというか、むかつくだけだが。役所の問題である。

うちは去年引っ越しをし、すぐに住民票などを役所で書き換えた。間違いなく妻と二人で行き、二人とも無事すました。それがである・・・

1年経っても旧住所に役所からの書類が届く。旧住所は私の実家である。そこにいつまでも何通も年金や国保などの書類が届く。当然ながら役所の方には連絡を入れる。すると妻の方の住所変更ができていないと言う。いや、二人一緒に行って同じ書き方をし、同じ時に提出してなぜ1人分だけできていないのか?というか私の分は変更できているなら、なぜ私の分も旧住所に届くのか?わけが分からない。

そしてしっかり調べて文書にして送れと言うと、妻の分が変更できていませんでしたので、変更しておきました。という文書が来た。これで新住所に届くなと思っていた。しかし、いつまで経っても旧住所に届く。・・・役所は何をしているのか?仕事をしていないとしか思えない。それとも人をおちょくっているのか??こんなところを誰が信用するのか???つまり国を信用できるわけがない。

年金にしても払えるわけがない。今年金問題が大きく取り上げられているが、そんなのもの昔から分かっていたことだ。今の日本が言う保障とは保障ではない。国は何も保障などしない。あと20年もすれば年金を受け取れるのは70歳からとか言い出す。そして当然受取額も減る。私に言わせれば国も悪いが、国を信用する人になぜ信用するのかと聞きたい。信用にたることを一つとしてしていないではないか。

とりあえず、民主党に政権が交代するまでは様子見である。自民党に任せられることは一つとしてない。しかし、民主党も小沢代表一人でもっている。もし、民主党もダメな場合、国民はまた自民党を支持することだろう。・・・日本を脱出する計画を早めなければならなくなってきた・・・。国家などいらないんじゃないのかな・・・???こんなものがなければ本当の自由が手に入るのではないのか・・・。

民主主義とは???

昔、社会の時間で日本は民主主義の国だと習いました。何か決めごとがあると多数決になる。「民主主義だからね」と訳の分からないことを言われる。民主主義ってなんだろう?

多数決が民主主義と言うのなら、うまくいくはずがない。人間には2種類あり、馬鹿な人とそうでない人だ。割合で言えば、馬鹿8割そうでない人が2割くらいだろう。馬鹿の条件は色々あるが、単純に言えば考えることができない、自分の意思をもたない人間だろう。いや、考えたつもりでいるから馬鹿なのだが・・・。自分の意見のつもりであり、考えたつもりであり、やったつもりである。それが馬鹿。

そして民主主義は、馬鹿の意見が必然的に通るのである。つまり選挙は、馬鹿が馬鹿を選ぶものである。こう考えると今の日本がダメな理由も分かる。

そして日本は本当に民主主義だろうか???安倍前総理は最後に小沢代表に「安倍総理は民意を受けていない」と言われた。国民の意見を聞かない、受け入れない政治が民主主義と言えるのだろうか?そもそも民主主義とは成り立たないものなのではないのか?間違いなく日本は社会主義の国である。そして恐らく海外諸国から見た日本は社会主義に映っていると思う。

学校では日本を民主主義だと教育する。考える余地も与えない。どれが良いかを考える余地を与えない。民主主義が正義で共産主義や社会主義を悪だと教える。子供たちは素直にそれを受け入れる。一種の洗脳である。集団催眠と言える。考える余地すら与えない教育は、当然考えられる人間を作らないためのものである。つまり学校とは集団催眠をかけるための場であり、国家的策略とも思える。教育再生が叫ばれているば、再生もなにも、1回たりともまともに教育が行われていないとしか思えないが・・・。(民主主義が悪く、社会主義が良いと言いたい訳ではなく、なぜ考える能力を奪うのだろうか?と言いたいのである。それで日本の将来が明るくなるわけがないではないか・・・。それに気付かない日本人を作らないでほしい。そう言いたいわけである。)

柔道なのか???

世界柔道でやっと金メダルが出ましたね。やっぱりヤワラちゃんでした。そりゃそうでしょう。しかし、他の日本代表のふがいなさには驚くばかりです。審判や大会運営側が悪いのも勿論ですが、篠原選手の時の誤審の反省が、審判や大会運営は勿論のこと、選手もが教訓になっていない点がプロとして失格ではないのか?と思います。

外国人選手たちは、あきらめずに最後まで投げようとしています。日本人は投げた瞬間に気がゆるんでいます。どちらが武道として正しいのでしょうか?美しい柔道を掲げることは良いと思いますが、柔道母国の日本としては、もう少し武道としての柔道を意識してほしいと思います。目に気持ちが入っていないのが残念です。

ヤワラちゃんくらいの気持ちで柔道をしている選手がもっと必要ですね。外国選手たちの方が数段上のレベルで柔道をしています。気持ちで負けた日本人は恥ずかしいですね。

立ち方を考える

スポーツをする人もしない人も、なんでもっと立ち方を考えないのだろう?もっと楽に立てないか?もっと力の加わる立ち方はないか?絶対疑問に思うはずだけどなぁ・・・。

たとえば、キッチンで料理する主婦。洗い物も含めればかなりの時間立っている。もっと腰の楽な立ち方がないかなぁ?と考えないか?

野球のバッティングを考えると、どう立っているのが一番良いか?踏ん張っているのが良いのか?高校野球でもプロ野球でも、見ていると一生懸命脚に力を入れて踏ん張っている。そんなんで良いのか?

「長時間立っているから疲れるわぁ」それは当たり前だけど、あなたは必要以上に疲れる立ち方をしていませんか?O脚を気にする人、立ち方が悪いせいですよ。体重をかける場所を間違っているせいですよ。膝が痛い人も、腰が痛い人も、その他いろいろ痛かったりダルかったりする人。立ち方を、体重のかけ方をもっと考えましょう。

2007年9月14日 (金)

インストラクター

今はフィットネスブームである。あちこちに次々とスポーツジムができる。ひとつのスポーツジムで大体会員数は2000人くらいであろうか?

スポーツジムにはインストラクターと呼ばれる指導員がいるが、この人たち、ようは運動の専門家である。にも関わらず、体の使い方がなっていない。そして知識もない。なぜ???である。

ヨガを指導するインストラクターの身体が固かったり、立っている姿勢や歩いている姿勢が汚かったり・・・。マシンの説明ができなかったり、質問に答えられなかったり・・・。なんのためにいるのか分からない。

そんな人たちの指導を受けても、当然駄目だ。ジム側もちゃんとした専門家をおかなければいけない。それによって体を壊す人がものすごく多いのだ。これではフィットネスの意味が分らない。健康のためにとジムに通っているのに、不健康になっていく。

今現在ジムに通っている人たちは、この点に注意しましょう。でなければ、どんどん体は壊れていきますよ。そして、インストラクターのみなさんはもっと勉強しましょう。素人の方がマシな動きをしますよ。人に指導する立場としての責任を持ちましょう。フィットネスジムで体を壊しましたという人が多すぎる現状に、もっと危機感をもってくださいよ!!

成功するダイエットとは?

ダイエットをしたがる人が男女を問わず多い。そしてまず誰もがやるのが、食事制限によるダイエット。これは私が知っている限り全員がやっている。そして失敗している。一度は体重が減って喜んだ・・・のも束の間ですぐにリバウンドしているようだ。

まぁ、食事制限によるダイエットの仕組みを考えてもらえばこんなことは当たり前である。そしてリバウンドは、ダイエット前よりも太る場合もあり、尚且つ痩せにくい体になる。それを知っていてやっているのかどうなのかは知らないが、食事制限によるダイエットは必ず失敗すると言いたい。

ダイエットをするなら、運動によるダイエットをお勧めする。リバウンドをしないためのダイエットといえばこれが代表だろう。というかこれ以外は金がかかると思う。毎日の散歩をするだけでいいのだ。ただ、問題点は食事制限などに比べて一気に体重が落ちるわけではない。なので、一か月がんばっても1キロとかしか落ちないので、焦るかもしれない。しかし、結果的にリバウンドしないと考えれば大きな1キロである。焦らずに頑張ろう。そして、焦らなくても良いようにしておこう。

運動の仕方によって効果に大きな差が出る。散歩と一言にいっても歩き方によって当然差が出る。尚且つ、歩き方の悪い人なら膝や腰を痛める。この辺りの勉強をしてから運動してほしい。

世界柔道

井上と鈴木が不可解な判定で敗れました。鈴木に関しては、仕留めた後の返し技で負けました。仕留めた後ですよ!ありえない話です。

審判が柔道を知らないのです。ルールを知らないのです。それでどうやってジャッジしているのか??日本のコーチ陣も怒っていましたが、当たり前です。観客も大ブーイング。それも当然です。

しかし、こういうことが各スポーツで起こっています。なぜでしょう。なぜルールも知らない人が審判しているのでしょう。しかも主審であったりします。おかしな話です。責任を感じていないのですね。審判がどれほど大きな責任を背負った仕事かを認識していないのです。選手の、国の人生を左右するほどの仕事だという認識がないのです。そんな人に審判をさせている組織が悪いですね。

まぁ、柔道に関していえば本来スポーツにするべきものではないとも思えます。やはり武道はスポーツ化してはいけないものなのでしょう。でなければ「柔道じゃない。あんなもの!」と怒ったところで、武道から離れた柔道も柔道ではないと言えます。今の世界柔道をもし嘉納治五郎が見ていたらどう感じたのでしょう。そんなことを思う世界柔道でした。

脚の速さ

運動会シーズンですね。運動会のメインとは何でしょう?組体操と考える人もいるかもしれませんが、個人で目立てるのはやっぱり徒競争ですよね?

50Mを走る人も100Mを走る人もいると思いますが、どちらも短距離走ですね。どうやったら速く走れますか?それを習ったことはありますか?お父さん・お母さんはそれを教えてくれましたか?先生は?他の人から習いましたか?

ストライド×ピッチ=脚の速さという式があります。つまり大きな歩幅で脚を早く動かすほど速いということです。ではこれをどうやったらできるのか、先生か親に聞きましょう。そしてしっかり練習しておきましょう。まぁ、今からではそんなに速くはならないでしょうが、諦めなければ勝てるかもしれませんよ。

今学校では体育の時間が削られています。体を動かす時間があまりにも少なすぎます。放課後も外で体を動かしていません。運動神経を養う大事な期間だと知っていながらに、学校では体育の時間を削ります。なぜでしょうか?体を動かすことの大切さを知らないのですか?習っているはずですが・・・。親が体を動かさせないのはなぜですか?自分の子供にどうなってほしいと願っているのですか?運動の必要性を知らない人は今すぐにでも勉強するべきですよ。子供さんが馬鹿になりますよ。不健康になりますよ。先生は教育者として知っている義務がありますよ。知っていながらしないのであれば、罪ですよ。確信犯ですから。

お馬鹿な人

私がよく目にするお馬鹿な人たち。どんな人たちかというと、反省しない。自分が常に正しいと信じている人たちである。これは非常に社会的に迷惑で、危険な人物である。国で取り締まる必要があるとさえ思う。

どんな迷惑行為をするかというと、例えば交通事故である。勿論突っ込む方である。よそみ運転や飲酒運転を繰り返し、事故をする。そしてまた同じパターンで事故をする。でもまた同じ事故をする。これの繰り返し。

他には仕事である。電話の応対に問題があり注意する。「わかりました。すいませんでした。」という。それで次の瞬間にはまた同じミスをしている。分かっていないのである。それでまた注意する。「さっき言ったばっかりやぞ!」というとまた「すいません。分かってませんでした。今度こそ分かりました。」という。それで次の瞬間にはもうミスしている。・・・しかし、こんな人が実際にいっぱいいるのである。まさかあなたは違いますよね???と聞かれてこういう人たちは気づきません。自分ではない。あっ、あいつのことやな。ぐらいにとらえ、人の悪口を言い始めます。そう、反省できないのです。そんな機能がついていません。

こういう人たちには気をつけてください。何をし出すかわかりません。何かとんでもないミスをし続けます。間違っても雇わないというにと警告します。そしてこういう人たちに運転免許証を発行するとは一体どういうつもりなのか?と問いたいところです。つまり国も馬鹿なのですね。こういう人に免許証を発行しなければ事故は大きく減るでしょう。まぁ、こういう人は無免許運転もしますが・・・。この人たちを逮捕できる法律でも作るべきでしょう。そしてこういう人たちを作らないための教育が必要でしょう。こんな人にしか育てられない人には親をする資格がないでしょう。そうは思いませんか???

2007年9月11日 (火)

大人の身体

大人の身体は当たり前の様に歪みきっています。O脚・X脚は当たり前。足首が固いのは当たり前。五十肩は当たり前。腰痛なんてない方がおかしい。そんな感覚になってませんか?

私は職業柄、街ゆく人の身体の状態を見てしまいます。すると、「うわぁ~歪み過ぎやん!まっすぐ歩けてないでぇ!!」という人をよく見ます。なぜ気にしないのだろう?その状態で生活していれば、どんどん悪くなるに決まっているではないか。それぐらいのことと思っているのだろうか?

私からすれば、感覚がマヒしていると思うのだ。人間という生物で、考えるという力がありながら、自分の体にとことん無頓着である。あまりにも自分の体のことを知らなさすぎる。驚きである。私は幼い頃から身体に興味があった。自分の身体は一体どうなっているのか?どういう身体が正しいのか?それが当たり前だと思っていた。

みなさんは、身体が気になりませんか?経済的に成功しても、健康でなかったらつまらなくないですか?なにより、自分の身体がどうなっているか知らなくて怖くないですか?医者に任せて大丈夫ですか?誤診だらけで死亡事故が多発してますよ。自分の身体は自分が責任を持つしかないですよ。お菓子ばかりで生活している人、あなたが体を壊すのは時間の問題です。というか、もう壊れています。その医療費はどこから出ると思っていますか?あなたは国に負担をかけているのですよ!それはつまり、あなた以外の全ての国民に迷惑をかけていますよ!分かってますか?自分の不摂生でなったことは自分で責任持ちましょう。嫌なら普段から気をつけましょう。あなたは知らず知らずのうちに、多大な迷惑をかけていますよ!!

子どもの身体

週2回子供たちに器械体操を教えていて、年少~小6までを見ています。共通しているのが、体の変形。正常な骨格をしている子供がいません。例えば、膝・首・背骨・手足です。見るからに歪んでいます。そして本人や親には歪んでいるということに自覚がありません。

なぜこんなに変形しているのか?それは、まず運動不足です。体をあまりにも動かさないせいで、どういう動きが自然で、どういう動きが不自然なのかが分らないのです。そして、子どもたちは親の動きを見て育っています。親の動きも変なのです。正しい動き、正しい体を知らない人があまりにも多いです。

あなたのお子さんは、妙に膝が大きく膨らんでいませんか?足の指が反っていませんか?指の間隔は空いていますか?姿勢はどうですか?正座ができますか?体が固くありませんか?運動していますか?寝違えしないですか?怪我をしやすくないですか?病気しやすくないですか?

早めに治しておかないと、後で苦労することになります。それは親も知っているはず。でも気にしない人が多いですね。お金もかかりますからね。だったら普段から気をつけましょう。親は子供に気をつけさせましょう。

2007年9月10日 (月)

解剖学???

今、誰もがイメージする体は骨・筋肉・内臓・脳・血液などから構成される体で、解剖学がもとになっている。人体模型も絵などでも見たことがあるだろう。

この解剖学を基本とし、今の医学は成り立っている。そしてその現代医学に国・国民は頼りきっている。万能ではないことが分かっていながらである。

考えて欲しい。解剖学には大きな欠点があるではないか。そう、解剖学=死体解剖学なのである。つまり、生きた人間を考えた学問ではない。死体を見て学んだのが解剖学なのだ。医者に診察してもらっていて、ちゃんと私を見ているのか?となったことはないか。ちゃんと診察しとるんか??となったことはないか。医者は、自分の頭に入れ込んだ知識を検索しているだけである。この症状はどれかなぁと頭の中で検索しているだけ。つまり、患者自身を見ていない。ここに死体を見て学んだ医師の悲しい部分がある。

生きた体と死体とでは全く別物である。それを理解しなければ、いつまで経っても難病は難病のままである。ガンなどその代表である。生きた体と真剣に向き合うことから始めなければならない。

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